ふりーものづくり所 かえると万年筆


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トゲなしコンパス〜ぼくは○○。番外編〜

1話

「兄ちゃん。明日の授業でコンパス使うんだけど、持ってる?」
「持っているけど、なに?」
「貸してくれない?」
「なんだよ、自分のを使えばいいだろ」
「だって、持ってないんだもん」
「だったら買って来いよ」
「それが、もう文房具屋閉まっちゃったみたいでさ」
「そんなの知るかよ。こんな時間まで遊んでいたお前が悪いんだろ」
「ちょっと、おか〜さ〜ん」
「お兄ちゃん。意地悪しないで貸してあげなさい」
 リビングから兄の元へ届いた母の声。それは弟にとって、力強い味方。
「ったく、しょうがねーな。ほらよ」
 母の声に押され、兄がしぶしぶと引き出しの奥から取り出したコンパス。それは赤いコンパス。色がところどころハゲていて、鉛筆は差し込み式の少し型の古いコンパス。
 弟はクラスの皆が持っているようなシャーペン式のコンパスの方が格好良く思えて良かったけれど、兄の差し出したコンパスを受け取った。

 翌日、算数の時間。
 クラス中のノートには次々と○が描かれていく。
 弟も兄から借りたコンパスを使い、○を書く。だけど、その表情はさえない。
「なんだかこのコンパス使いづらいなー。やっぱり、このさきっぽが欠けているせいだよな」
 本来先端が尖っていてノートに小さな穴を空けるのが得意なはずのコンパス。だけど、弟が兄から借りた赤いコンパスは、なぜか先端が欠けてしまっている。
ノートは痛くないかもしれないが、綺麗な○を書くのは難しそうだ。
「なんだか色もところどころハゲてるし、もう格好悪いな。くそっ、アニキの奴。
帰ったら新しいの買いに行かないと」
 弟は算数の授業が終わるまでぶつぶつと文句をたれ、四苦八苦しながら○を書いた。  

 キンコン カンコン キンコンカンコン 
 教室が一段とにぎやかになる時間の到来。授業中『まえにならえ』だった机たちは仲良く向かい合っている。運ばれる牛乳ビンたちは、ぶつかり合って大合唱。白衣を来た子どもの前には列が出来き、スチール製の蓋を開けると湯気が立ち昇る。それらが次々と器に盛られ、食いしん坊は休みの子の分を奪い合う。
 無事に自分の分を受け取った子は自分の席で「いただきます」の号令がかかるまでしばし待つ。

 皆がごはんを食べる時間。文房具たちにとっては束の間の休憩時間だ。
「ねえ、コンパスさん、コンパスさん」
「なんだい? ノート君」
「なんかひどい言われようでしたね。いや、ボクは痛くなくてうれしいんですけどね」
「あぁ、先端のことかい? まあ仕方ないよ、欠けてしまって書き辛いのは事実なんだから」
「そうですけど、でもコンパスさんはそんな姿になってもの一生懸命がんばっているじゃないですか。自分、尊敬しちゃいます。それなのに弟さんは、なんにもわかっていない」
「ありがとうノート君。でもね、今でもお兄さんには大事にしてもらっているんだ。だからいいんだよ、弟さんになんて言われてもね」
「そうなんですか?」
「うん。そもそも僕だって初めから先端が欠けていたわけじゃないんだ。これにはちゃんとした訳があるんだよ」
「えっなんですか?」
「聴きたいのかい?」
「はい。文房具として、先輩の話は聴いておきたいです」
「うーん、そうだな。君とこうして働けるのも今日だけだろうし……」
「はい、お願いします」
 コンパスは静かに語りだした。何年か前にあったことを、そしてそれは弟の知らないお兄ちゃんの姿。兄が家では決して見せない姿。

 これは、先っちょが欠けたコンパスの話。弟が知らない、お兄ちゃんの話。  

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