1話
急行が止まることのない小さな駅がある。そこから歩いて数分、八百屋に魚屋、それに肉屋と床屋。一通りは揃っているがどの店も
こぢんまりとしていて華やかという言葉からは程遠い商店街がある。
そんな近辺に住む人しか存在を知らない商店街の一角に食堂『みちこが商』がある。
『みちこが商』は主人みちこの「家を出て頑張る人々に家庭の味を食べさせてあげたい」という強い思いが形になった店だ。
『みちこが商』という店名は「みちこが商売」と「みちこがショータイム」から来ている。
ショータイムというのは家庭で飛び交う"おやじギャグ"のこと。みちこの父は機嫌が良い時にはよく"おやじギャグ"を言う人だったそうだ。
みちこは当初そんな父のギャグを億劫に思っていたらしいが、家を出てしばらくすると不思議なもので恋しい存在に変わったらしい。
その経験からなのか、みちこは店でよく”おやじギャグ”ならぬ"おばんギャグ"を発する。
ある時の商店街の集まりでみちこは「おやじギャグには家庭ならではの温かみがある」と公言したこともあるらしい。
店名を決める際もみちこはこだわりをみせ「みちこがショータイム」に決めようとしたらしいが、周囲の強い反対を受け今の名前に落ち着いたのだった。
亭主の人柄なのか味に引かれてなのかわからないが『みちこが商』には通いつめる客も
多い。
そんな『みちこが商』で今日も懸命に働くもの達がいる。
みちこが作った食事を人間に提供する役目を任された箸や茶碗、食器達だ。彼らも頻繁に訪れる常連客同様この店が好きなようで日々懸命に働いていた。
しかし先月から新しくやって来た箸のハシ太はなぜか酷く落ち込んでいた。
「お前もしかして……。今日ハズレを引いたのか?」
茶碗が話かけてもハシ太は何も答えようとしない。だが肩を落とした彼の背中が本日のハズレを引いてしまったことをなんとも分かりやすく伝えていた。
2話へ
|