2話
"ハズレを引く"というのはある常連客に使われることを指している。食器達はその常連客のことを"ハズレ男"と呼び恐れていた。
そして不幸なことにハシ太の初仕事がハズレ男の相手だったのだ。
ハズレ男は季節問わずハンカチで汗を拭いながら『みちこが商』にやって来る。どうやら男は外回りの仕事をしているようだった。
ハズレ男は店に入ると必ず一番涼しい席に座って本日のおすすめ定食を注文する。男は別に箸で茶碗や皿を楽器のように叩いて即興の演奏会を開くわけでもないし、
食べ物は残さず綺麗に食べるので、店にとっては良い客なのかもしれない。だがそんな彼が入店初日のハシ太の心に大きな傷を付けた。
ハズレ男が恐れられる訳は食後にあった。
定食を食べ終えたハズレ男は満足気に腹を"ぽんっ"と叩いた後、箸を楊枝の変わりにし、
歯の間をシーシーしだしたのだ。この時点で少し嫌な気になったハシ太だったが、箸業界でシーシーをする人間は認知されておりマニュアルの
『これで君も一人前な箸だ』の『悪い使い方』項にも記述されていたのでハシ太もなんとか堪えることができた。
しかし、それだけで終らないから男は"ハズレ男"なのだ。男は口の中を綺麗にした後、ネクタイを緩めハシ太を汗ばんだ背中へ押し当てた、そして……。
ぼりぼり、ぼりぼり。
背中をかき気持ち良さそうなハズレ男はそれで終らず、次にハシ太を脇へと押し当てた。次第に気分が悪くなったハシ太は遂に失神してしまったのだった。
ハシ太は薄れ行く意識の中で思った。「僕は、脇をかくために生まれて来たわけじゃない。幸せを運ぶためにここに来たのだ」と。
ハシ太が目を覚ますと店内では向かい花屋の店長とみちこが談話をしていた。仲が良い二人はこの時間、会話に花を咲かすことが多い。
ハシ太が気絶している間に忙しい昼時は過ぎ去っていたのだ。すっかり肩を落とすハシ太。そんなハシ太に同僚の茶碗が励ますように言った。
「初日なのに大変だったな。それにしても初仕事でハズレ男とはついてないよ。まぁ今は暇な時間帯だから、ゆっくり休んでな」
洗剤で洗われ綺麗になっていたハシ太だったが、まだハズレ男の臭いが消えていない気がした。やり切れない気持ちがハシ太の身体を震わせる。
「家でご飯を食べるのに割り箸なんておかしいでしょ? だから店ではこの桜の木で出来た箸を使ってもらうのさ」
みちこと花屋の店長の会話が聞こえてくる。
「へーそうだったんだ。確かに割り箸を使うよりもいいと思う。きっとこの箸もみちこさんの想いに応えられて幸せだと思うよ」
「この箸もきっと幸せだと思うよ」。ハシ太はこんな境遇に会っているのに幸せなはずがないと思った。二人に罪はないのに、
こんな会話をのんきに話していることが憎く思えた。
そしてまだ箸になる前のことが急に懐かしくなった。
3話へ
1話へ
|