ふりーものづくり所 かえると万年筆


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食堂物語第3話

3話

 ハシ太の生まれ育った山は数え切れないほどの桜の木が生い茂り、春になれば一帯が桃色に染まる。徐々に山一帯が桃色に染まっていく様はとても美しい。 だが桜たちがいくら綺麗な姿になろうとも、山深いこの地にまで彼らの姿を見に来る者などいない。 そもそもごく一部の人間以外、この山に美しい桜が生い茂っていることなど知りもしない。ハシ太はそんな山で育った。
 山で桜が誇らしげに花を咲かすこと、それは一見すればとても美しい。 だが、ここに住む桜にとって立派に花を咲せることができるようになったということは、山との永久の別れが近づいていることを意味する。 彼らは己がなんの為に存在しているかを知っているのだ。多くのものは山を下りると加工され元が桜であったのかさえわからぬ姿に変えられてしまう。 中には立派に育ったことを評価され観賞用として山を離れるものもいる。 いわゆる優等生というやつだ。山を下りても"桜"として存在し続けることを許された優等生は桜たちにとっての希望の光だった。 彼らは皆に見送られ胸を張って山を去っていく。だが当時まだ樹木だったハシ太は彼らの背中を見つめ思った、 「あの排気ガス塗れの町で咲き続けるなら、いっそ加工されてしまった方がマシだ」と。
 山を離れる最後の春、桜たちは生涯一美しく花を咲かす。ある者は新しい旅立ちへの誓いを立て、またある者は山との別れを惜しむように……。
 時が満ち、別れの時。ハシ太は願いが聞き届けられたのか、山を下りると直に樹木から程遠い存在へと生まれ変り、『みちこが商』にやって来た。



「いい話だろ、咲ちゃん?」
今日も『みちこが商』には花屋の店長がやって来ている。だがいつものように一人ではない。 向かいの席には花屋の新人アルバイトの咲が腰をかけ熱心に話を聞いている。 どうやら花屋の店長は咲に”『みちこが商』が箸を使う理由”を説明しているようだ。そしてこの咲が、ハシ太の今日の相手だった。
「そうなんですか、そんな想いがあるんですね。確かに割り箸で食べるよりも、 この木の箸で食べる方がおいしい気がします。それになんていうんでしょう、みちこさんの料理はなんだか懐かしい味がして落ち着きます」
「ありがとね、咲ちゃん」咲の言葉にみちこは嬉しそうに頬を緩ませる。
「咲ちゃんみたいな若い子は普段は定食屋なんか入り難いでしょ?」
「そうね、若い子が家の店に来るなんて久々だよ」
「じゃあこれからはお世話になりますからよろしくお願いします。 そうだっ、みちこさん聞いてくださいよ。店長ったら、いつもお昼休みから帰って来る時は『世は満足じゃ』って顔して帰って来るんです」
「いやだ、私そんな顔している?」
「してますよ、それはもう嬉しそうに帰って来ます。 だから私、今まで店長が一体どんなおいしいものを内緒で食べているのかって気になっていたんです。でも今日ここに来てその意味がわかりました」
 一口一口惜しむように料理を口に運ぶ咲に使われハシ太は思った。「あぁ、こういう顔をしてもらうために俺はここに来たのだ」と。

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