4話
店長に連れられてからというもの、咲は頻繁に『みちこが商』を訪れるようになった。
二人同時に店を空けるわけにはなかなかいかないようで大抵は店長とは別々に来店することが多かった。
みちこは咲が喜ぶからとメニューにないオムライスを作ってやるなど咲をかわいがり、咲も『みちこが商』の店主としてだけでなく
一人の人間としてみちこに親しみを感じているようだった。
咲はいつだってみちこの料理を一口一口いとおしそうに食べ、
他愛ない話をしてから花屋の仕事に戻るのだった。そんな咲に出会ってからというもの箸のハシ太はハズレ男に屈辱的な使い方をされても気持ちを持ち直すことが出来るようになり、なんとか日々を過ごしていた。
そんなある日のこと、
「どうしたんだい咲ちゃん? 暖簾をくぐって来た時から気になっていたけど、
今日は大事に取って置いたプリンを誰かに食べられてしまったような顔を
しているよ」
いつもは明るく周囲さえも華やがせるような咲だが、今日はどんより曇り日和のようだ。折角の料理にもあまり手を付けていない。
「みちこさん……」
「なんか失敗でもしたのかい?」
「お客様にとって大事な日だったのに、その花を駄目にしてしまって」
「そうかい。ほらっ、そんなことよりこれ見て」
みちこは箸箱からハシ太を取り出すと、鼻の下に添えて顔をしわくちゃにして 言った。
「ドジョウ」
「ちょっとみちこさん」
さっきまで深刻な顔をしていた咲だったが、みちこの顔芸に堪え切れずに笑い 出した。
「ほらその顔だよ。さっきみたいにどんよりした顔で花を売っていたら花を買いに来たお客さんがかわいそうだろ?
お客さんはめでたいことがあって花を買いに来てるかもしれないんだから。さっきみたいな顔で接客されたら折角の気分が台無しになってしまうよ。
失敗は仕方ないから次を考えなさい」
「そうですね、ありがとうございます。それにしてもみちこさんの顔、おかしくて涙が出ちゃいますよ」
咲はこぼれ落ちる涙を拭い、晴れ晴れと笑った。
「みちこさん、今日は生姜焼き定食ね」
「おやっ、咲ちゃん。今日は早いね」
「うん、なんだかみちこさんの料理が早く食べたくて」
「嬉しいこと言ってくれるね。ちょっと待ってなさい」
いつもより早い時間の咲の来店。ハシ太にとってそれは複雑な気持ちだった。なぜなら、今ハシ太はハズレ男の相手をしていたからだ。
ハシ太は体を掻くことに使われる屈辱感よりも咲の目の前で情けない姿を見られることの方が嫌だった。だがそんなハシ太の想いとは裏腹になぜか席を立った咲が
ハシ太に近づいて 来る。
”嫌だ、見ないで咲さん。こんな情けない姿を見ないでください”
咲はハズレ男の目の前まで来ると、冷静だが静かな怒りがこもった声で言った。
「おじさん、それ止めてください。みちこさんの想いがこもっている箸をそんな使い方しないでください」
それ以来ハズレ男はハズレ男ではなくなった。
ハシ太は、咲に使われる時はとても張り切って働いている。
大切に使われる嬉しさを噛み締めながら……。
おわり
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